いつかみたソラ  

カテゴリ:日常( 17 )

雨の南阿蘇

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一昨日、久し振りに会った友達と久木野へ。ここは「あそ望の郷くぎの」という道の駅。本当だったら阿蘇五岳が目の前にどーん!と広がるはずが、本当に残念な雨。かなおばあちゃんも寂しそう。
秋になれば真っ先にススキの写真を撮りに行くはずの南阿蘇も、道路が寸断され遠い土地となってしまった。地震以後、南阿蘇に来たのははじめて。遠くなったからというよりは、、




濃霧の中、迂回して辿りついた根子岳の麓のお豆腐料理専門店。優しい味のランチにほっ。写真を撮ること、忘れてばかり。この時もやっと思い出したのです。↓

友達は前震の4月14日になんと!!二度も「むかで」に遭遇したそうだ。最初は、「むかで」に遭遇するなんて想像もつかないような綺麗なビルの11階で。次は車から降りた途端、頭に落ちてきた(ぞぞっ)そう。ネットで検索すると、確かに地震の前兆現象として「むかで」の事が出てきました。地震予知から一番遠いところにいるのが人間なのかも。

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たしか去年も携帯で「あそ望の郷」から阿蘇を撮ったな~、と思いさがしてみました。こういう時Google Photoは便利ですね。「山」で検索するとすぐにみつかりました。
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by soraski | 2016-10-30 14:49 | 日常 | Trackback

百日紅

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ゴーヤ越しに見る庭の西面には、隣の家との境にブロック塀があったけれど、二度目の震度7で倒れてしまいました。昨日はようやく左官さんがきてくださいました。ブロック塀がなくなって、庭が広くなったような気がしていたけれど(←違うう)、でも風通しが良くなったのはたしか。お隣さんと相談して、3段の低いブロック塀に。



あちこちで家の解体がはじまっています。

今年はあちらこちらで百日紅が見事に咲いているのをよく見かけます。2階まで届くような勢い。この花は毎年こんなに綺麗だったかなー。まるで家人の帰りを待ちわびているみたいに門を越えて咲き続けています。

こちらは鹿児島の散歩道で。サルスベリではなく、私は「ひゃくじつこう」と読みたいです。
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地震保険には家屋+家財で入っていたほうが絶対!!!いいです。うちは地震保険の判定も、家屋は一部損壊でした。家屋の補償金額は僅かでしたが、家財が半壊の判定だったので、そちらの補償金で壊れた物などを買い直したり、それ以外にも色々と出費がかさんだので、本当に助かりました。昨日のブロック塀もそうだし・・・。町が発行する罹災証明で一部損壊の判定だと、公的な支援金などはありません。
・・・こう書いておくと、知らない誰かの目にとまって役にたつ事を願って・・・。


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by soraski | 2016-08-25 15:00 | 日常 | Trackback

惜命

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先生(俳句)のお宅も地震で大きな被害を受けられました。でもご家族の皆さんに何事もなく、何より先生が一番お元気そうで、地震後初めてお会いした時はほっとしたものです。
雨漏りで濡れた本を乾かしておられましたが、どれでも持ってかえってよい、という事で数冊いただいて帰ることに。本の中身は行方不明ですが石田波郷の「惜命」のカバーを見つけました!我が家の本棚は俳句以外の本は殆んど捨てて本棚はがらーんとしていますが、今はこちら↑のカバーと、斉藤茂吉の歌集↓を飾っています。本・・・・どこのお家も思い切って捨てたんじゃないかと思います。一回目の地震で本棚が倒れ、本が床を覆って足の踏み場もなかったのですが、頑張って片付けました。でも二回目の地震で迷うことなく捨てる事に。これらを捨てに行くのも大変で、小学校跡地に設けられたごみ集積場に着くまでに何時間もかかったものです。でも、時間がかかっても要らないものはとにかく捨てて身軽になりたかった。何も要らないと思いました。今もそう思っています。


惜命(しゃくみょう)、、   地震で大切な大切な存在だった方を失いました。直接、ではなくて地震さえなければ今も絶対お元気なはず。悔しくて残念です。




「あぢさゐや生き残るもの喪に服し    鈴木真砂女」
毎日楽しみにしている「学習院大田中ゼミOB/OG」さんの「深秋会」というブログ、毎日一句紹介されるのですが(日めくり俳句)、この句を見たときははっ!としました。     

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昨日の空
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暑い毎日が続いていますが、夕立が来るようになって朝晩は凌ぎやすくなりました。昨夜は初・こおろぎでした。夕立が来るまでの雲が凄くて家から写真を撮ったのですが、↑がスマホ。↓が一眼レフ。う~む。。。でも、地震以来初めて一眼レフで撮ったものをPCに取り込みました。一歩前進、かな~



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by soraski | 2016-08-07 09:25 | 日常 | Trackback

雲の峰

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雲の峰の写真は撮っていませんが、久しぶりに入道雲の聳え立つ夏空を見上げてきました。一眼レフも久しぶりに手にしましたが、どうやって撮るんだっけ?状態。写真は全部スマホ、全部鹿児島。運転は夫に任せて、ほんと!久しぶりに自然に触れてきました。

一眼レフの写真は熊本へ戻って整理します。


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高砂百合、今、あちこちで見ますね


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嘉例川駅


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駅長さんは寝ていました
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(スマートフォン)
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by soraski | 2016-08-04 11:02 | 日常 | Trackback | Comments(0)

無事だったいっちゃん!

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4月14日夜、私は夫の単身赴任先の鹿児島市にいました。緊急地震速報が鳴ったと同時に建物が大きく揺れ、その時の鹿児島市は震度3。テレビのニュースで震源は熊本地方、しかも最大震度7を観測したのは愕く事に我が町だとか言っているではありませんか!何故わざわざ私の町なんだ?
熊本にいる娘や知人に連絡をとってみましたが、電話は繋がりません。今思うとショックを受けているそんな時間がありませんでした。とにかく慌てて帰ってきた夫と熊本へ戻る事に。一分一秒でも早く、熊本へ帰らなければ。猫のいっちゃんは大丈夫だろうか・・・。

高速道路は即通行止めになったので一般道を走って熊本へ。途中、夜勤だった娘からようやく電話がかかってきて、家の中は凄い事になっていて、隣の家の瓦が窓ガラスを破って家へ入り込んできている事を知る。いっちゃんは見当たらない、と。・・・頭の中は真っ白。外に出たかもしれない・・・。次に娘から電話があるまで、とても長い時間に感じました。友達に付き添ってもらってもう一度、家の中を捜したようです。「おったよ、いっちゃん!炬燵の中にいた。呼んでもじっとしたまま動かんよ」その後、娘から送られてきた写真が↑ です。炬燵のなかです。いっちゃん、怖かっただろうに、逃げずにそこにいてくれてありがとう(涙)まだ寒い時期で炬燵があって良かった!地震で家を飛び出して迷子になった猫や犬がどれだけいたか・・・
我が町へ着く頃には空が白み始めてきました。町に近づくにつれ、道路がうねっていたり亀裂が入っていたりで、随分時間がかかってしまいました。町に入ると警察や消防、そして何人もの報道カメラマンの歩く姿が見え、ああ、やっぱり現実なんだと痛感。
そして自宅に戻ったわけですが、この時は家の外観は無傷といってもいいくらいでした。家の中は酷かったのですが、家族で力を合わせ、取りあえず割れ物を片付けたりして家の中で過ごせる空間を作りました。夜は何度もくる余震が怖くて自宅で眠る気になれず、車を安全な場所に停めて夫と車の中で寝ました。近所の人たちも車の中や避難所、公園にテントを張ってと、自宅で寝ていた人は殆んどいなかったみたいです。そして二度目の震度7が未明に。もうだめだと思った・・・皆さんそう言われます。前震の震度7とは全く違う凄まじさだったと。私も死をはっきり意識しました。変な言い方ですが・・・。そして殆んどの家が本震でダメージを受けてしまいました。



人間だけではなく、生き物全てが大きなストレスを抱えています
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そうそう、つくづく思ったのですが、大きな地震のあとには交通網が麻痺していまいます。高速も新幹線も駄目。一般道は大渋滞。道路なんてグニャグニャでまともに走れない。もし原発に何かあっても避難なんて絶対ムリです。今度新たにわかった活断層があるようですが、川内原発を止めない理由がわからない。何処に活断層が走っているのかわからない。電力会社には即停めてくださいとお願いの電話をしました。鹿児島県は今度の知事選で良い選択をしてくれました。
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by soraski | 2016-07-29 17:40 | 日常 | Trackback

被災するということ

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4月14日夜と16日未明の地震に私の町は大きく激しく凄まじく揺れて、美しかった町は姿を変えてしまいました。
写真は4月19日。役場にて。役場も被災して大混乱の最中。一眼レフは震災以来、未だ手に取っていません。スマホで撮ったものです。まるで夢を見ているみたいで、嘘でしょう?だったあの頃。
白トビの失敗写真が何故かその時の心象にぴたりときます。グニャグニャのアスファルトや、他県からこられた支援の方たちの姿を見ながら、花壇の縁に座って炊き出しのカレーライスをお昼に夫と食べました。夫はおかわりをしました。その前日の夕方、初めて温かいおにぎりをいただいた時の嬉しさ!忘れられませんね。その後、役場駐車場での炊き出しには本当に助けていただきました。ガスはプロパンなので震災直後から使えましたが、長い事断水が続いたのと、料理をつくろうという気持ちなんて、そんな気持ちなんてもう永遠に戻ってこないとその時は思っていました。



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4月18日夕方。不気味な空に思えました。家の中を片付けている最中も何度もおおきな余震が。その度に外へ飛び出していました。家の中はガラス片などが散らばっていて、靴をはいたままだったので、すぐに飛び出せました。靴生活が終わったのは、いつごろだったんだろう???
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by soraski | 2016-07-28 16:29 | 日常 | Trackback

熊本地震  あれから



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熊本地震から約三ヶ月が経ちました。家屋の被害が比較的小さかった我が家ですが、元の生活には戻っていません。戻っているように見えても、いろんな事が変わってしまいました。でも無理に戻さなくてもいい、それよりは今日より明日へ前を向いていたい、と思っています。
カメラは地震以来、携帯のカメラしか扱っていません。あれほど好きだった俳句も全く手につきません。どこかへ遊びに行く気になりません。うつ状態だと自分でも思っていますが、これはものすごく仕方のない事だと思っています。地震後はめちゃくちゃ気が張っていてそして動き回っていた、そしてある日パタリとそれができなくなった。でも冷静に自分自身を分析できているみたいだから、大丈夫なんだと思っています。

↑の写真は、我が町の鎮守さま。このあたりは壊滅状態で、多分活断層の真上なんだと思います。家ってこんな壊れ方するん?どうやったらこんな壊れ方になるん?そんな景色が延々と続きます。
ここから我が家は、直線で一キロも離れていないと思います。今日も近所の家が一軒、解体作業に入りました。


地震前まで使わせてもらっていたブログにどうしても戻る気になれなくて、ここへ戻りました。続ける事ができるか、、
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by soraski | 2016-07-27 15:27 | 日常 | Trackback

1997年 冬の空


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1997年、「こども病院」から見た空です。

娘が心臓の手術を受け
付き添いのため約3週間、わたしも病院へ泊り込みました。

夜は娘のベッド横の床を拭き、キャンプ用のマットを敷いて、
その上に布団を敷いて寝ました。
最初は無理!と思いましたが
他のお母さん同様、退院する頃にはへっちゃら。

小6だった娘も、来年は30歳。
びっくりしちゃいます。

それにしても
写真をどのカメラで撮ったのか・・・
写っている河口の向こうは博多湾・・でしょう。

娘が入院中に、当時家にいたジロ(メスなんですがね)が
赤ちゃんを産みました。
娘は子犬に会うのを励みにして、入院生活を送ったのかも。
泣き言ひとつも言わず、本当に偉かった、
親の目にもそう映りました。

子犬ちゃん、
長生きして、今もどこかのお家で暮らしているかも・・・。
(子犬は全員、飼い主さんがみつかりました)
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by soraski | 2015-11-25 00:00 | 日常 | Trackback

ありふれて 愛おしくて


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ありふれた風景 でも愛おしさを感じる風景
いちき串木野より
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by soraski | 2014-10-29 10:19 | 日常 | Trackback

遠い日の花火


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by soraski | 2014-08-27 14:50 | 日常 | Trackback